2006年7月アーカイブ

少子化社会での税制ー追記

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投稿者、わたなべさん、子ブタの母さんのコメントを読んで、日本の学童保育の現状が改善されるより改悪の方向に進んでいることを知りました。少子高齢化社会がもたらす問題点を解決するのでなく、むしろ、その傷口を広げるような現状に憂慮しています。
子育てがかなり前に終わった私を例にとれば、幼稚園、保育園、学童保育の違いが良くわかりません。このブログの読者の中にも、私と同様な方がおられるのではないかと推察し、ここに幼稚園、保育園、学童保育の違いを説明します。それによって、投稿者、わたなべさん、子ブタの母さんのコメントへの理解が深まるものと思料いたします。
幼稚園―3歳から小学校就学までの幼児の心身の発達を助長するための教育施設(学校教育法に規定される)
保育園―正式名称は「保育所」であるが、語感から「保育園」と称されることが多い。保護者が労働などにより昼間家庭にいないため十分な保育が受けられない0歳から小学校入学前までの乳幼児を対象として保育を行う施設(児童福祉法第24条)
学童保育―保護者が労働などにより昼間家庭にいない小学校低学年の児童に対し、放課後、保護者に代わって行う保育を行う施設(児童福祉法第6条の2?)

保育園が小学小学校入学前までの乳幼児を対象とした施設で朝から晩(場合によっては深夜)まで子供を預かるのに対し、学童保育は小学校に入った児童に対する施設で、授業終了後からほとんどの場合夕方までしか子供を預からないと聞いています。明らかに小学校に入った児童に対する保育に対する行政は著しく遅れています。その遅れが改善される方向にあるのであれば良いのですが、投稿者、わたなべさん、子ブタの母さんのコメントからは廃止の方向にあると聞いて愕然としました。少子高齢化社会とはなにか、そのためにすべき施策は何かの視点が欠落した行政には落胆させられます。しかし、落胆するだけでは明るい未来は来ません。百年河清を俟つの態度を改め、小さなうねりが大きな波になることを信じて、個人レベルで行政を動かす努力をいたしましょう。このようなブログを通じて連帯がうまれ、小さなうねりが大きな波になることが出来ればと願っています。

児童福祉法第6条の2? 「この法律で、放課後児童健全育成事業とは、小学校に就学しているおおむね十歳未満の児童であつて、その保護者が労働等により昼間家庭にいないものに、政令で定める基準に従い、授業の終了後に児童厚生施設等の施設を利用して適切な遊び及び生活の場を与えて、その健全な育成を図る事業をいう。」
児童福祉法第24条 「市町村は、保護者の労働又は疾病その他の政令で定める基準に従い条例で定める事由により、その監護すべき乳児、幼児又は第三十九条第二項に規定する児童の保育に欠けるところがある場合において、保護者から申込みがあつたときは、それらの児童を保育所において保育しなければならない。ただし、付近に保育所がない等やむを得ない事由があるときは、その他の適切な保護をしなければならない。」
児童福祉法第39条?「保育所は、前項の規定にかかわらず、特に必要があるときは、日日保護者の委託を受けて、保育に欠けるその他の児童を保育することができる。」

超高齢化社会での税制

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団塊の世代が退職する2007年から就業者人口がかなりの速度で減少します。就業者人口が減ることは、税収の減少にもつながります。税の観点から検討した資料があります。超高齢化社会はまさに待ったなしの状態です。税の観点から高齢化を検討した報告書があります。政府税制調査会報告書「わが国経済社会の構造変化の『実像』について」(2004年6月)がその報告書です。当該報告者では、2000年と2050年の年齢区分別人口割合に注目しています。そして2050年には3人に1人が高齢者である超高齢化社会になる見通しを述べています。2050年には人口の35.7%(3人に1人)が65歳以上で、その内訳は75歳以上が21.5%、65歳から74歳が14.2%です。私自身、最初、この数値を見てピンときませんでした。団塊の世代が超高齢化社会のオジャマ虫かなと一瞬思いました。しかし、2050年には団塊の世代の人々はすべて死んでいます。2050年の74歳以上は団塊の世代の子供達です。超高齢化社会の本質を見落とすと、団塊の世代の子供達が超高齢化社会のオジャマ虫となってしまいます。
男性の平均寿命は1970年には69歳でした。2000年には77歳、2050年には81歳に近づきます。平均寿命はこれからあまり上昇しませんが、過去30年間は急激に上昇しました。しかし、男性の就業に関する社会の制度は、この30年間殆ど変わっていません。つまり、60歳を超えると就業の機会がなくなります。60歳を超える女性の就業の機会云々は、そもそも制度外の話で問題外です。定年退職してから10年以内に就業者が死亡することを前提に組み立てられた現制度を、定年退職してから20年近く就業者が生存する社会で機能させることに無理があります。また、今の60歳近くの人は、30年前の60歳近くの人に比べて、肉体的若さが大きく違います。これは全く個人的意見ですが、悠々自適の生活(仕事を辞めてから死亡するまでの期間)は、数年で良いのではないかと考えています。元気な間は、若い時とは違った形で働くことの方が、幸せと考えます。

高齢者に対する制度は今こそ変える時期です。私見ですが、以下の施策が超高齢化社会対策には重要と考えます。
?「70歳過ぎるまでマイペースで働くことが幸せだ」という考え方への意識改革、
?定年の延長、あるいは60歳以上の人を優先的に雇用する企業の創設
?生涯教育の機関の充実
?60歳以上の就業者環境の変化に即した税制の導入

高齢化に対する税制の手当が一部なされました。それは2005年4月1日から導入された「人材投資促進税制」です。「人材投資促進税制」により生涯教育・研修費を実施する企業は税制の恩典が受けられます。「人材投資促進税制」については別の機会に検討したいです。高齢化に対して税制改革の観点から「シルバー企業(60歳以上の者を優先的に採用する企業)に対する優遇措置」も提言します。健常者であれば70歳から75歳まで働けます。そうであれば、社会の仕組みを変える必要があります。健常者が70歳まで安心して働ける環境が必要です。その環境が整えば、年金の受取受給資格年齢を65歳から70歳に引き上げることも可能となるでしょう。その環境整備をするにあたって「シルバー企業に対する優遇措置」を導入することは大事と考えます。

リーダーの資質

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 新幹線の中にある雑誌(WEDGE7月号)を読んでいましたら、興味ある記事が目に留まりました。

それはリーダーの資質についてです。興味ある記事で引用されていた呂新吾(中国、明の時代の碩学の人)が言うリーダーの資質は次の通りです。1)深沈厚重(深く考え、落ち着いている)2)磊落豪雄(細かいことにこだわらず、度量が大きい)3)聡明才弁(判断力があり、弁が立つ) 自分自身、通算10年近くある組織の代表の地位にいました。その地位を今年の3月末に降り、組織人から個人になりました。今は、代表であった時の自分を振返る良いチャンスのような気がします。自分がトップであった時を振り返りながら、リーダーの資質について議論してみたいです。事業運営するにあたって、連戦連勝はあり得ないです。そこで、私は、如何に負けを少なくするか、そして大きな負けになるような勝負はしないを経営の要諦としました。また、トップとして公私混同は慎むを自分に対して厳しく課していました。それと出来るだけ従業員との対話を大事にしてきました。トップであった期間の自分を自己採点すると、”大きな負けになるような勝負はしない” と”公私混同はしない” は100点に近いと自信を持って言えます。しかし、”従業員と対話する” に関しては60点くらいが率直な気持ちです。組織が100名前後の時は、特別な努力なしで従業員との対話が可能でした。しかし、300名を超すような組織になった時から、全従業員と対話することは無理と判断して、30名前後の主要メンバーとの対話中心に切替ました。その結果、従業員との直接対話の機会が著しく減ったことは否めないです。それが”従業員と対話する”の自己採点が低い理由です。記事を読んで気付いた点は、呂新吾が言うリーダーの資質はある程度あったような気がしますが、天賦の資質として私にあったとは思えません。自分が経営において大事にしてきた”大きな負けになるような勝負はしない”、”公私混同はしない”、”従業員と対話する”を実行する際、呂新吾が言うリーダーの資質の足りない部分があることに気付き、その足りない部分は補う努力をしてリーダーとしての面目をなんとか保つことが出来たのではないかと思料いたします。もう一つ付加えれば、愚直に”公私混同はしない”を守ることで、リーダーとして村田は信頼出来るの安心感(リーダーの品格)を従業員に与えることが出来たのではないかと推測しております。呂新吾が言うリーダーの資質のすべてが100点満点でも、リーダーとしての品格のない経営者は落第です。そのような経営者がみんなのやる気を起こさせることは出来ないでしょう。私は呂新吾のリーダーの資質に改定を加えたいです。改定版リーダーの資質は以下の通りです。

  1. 公私分別”(公私混同はしない)
  2. 深沈厚重(深く考え、落ち着いている)
  3. 磊落豪雄(細かいことにこだわらず、度量が大きい)
  4. 聡明才弁(判断力があり、弁が立つ)

少子化社会での税制

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最近の新聞を読むと、少子化、超高齢化社会という言葉が頻繁に目に飛び込んできます。そこで少子化を食い止めるためには日本の税制はどのような方向に進むべきかを検討してみたいです。少子化で重要な指標は、家族構成の変化です。所得税の基本となっている標準世帯(夫婦と子供二人)が、最早、標準世帯では無くなっていることです。1970年代の家族は夫婦と子供二人が標準でした。しかし、これからは、夫婦と子供世帯は、単独世帯、夫婦のみの世帯とほぼ同じ割合になります。また、ひとり親と子供の世帯も逓増していきます。しかし、現在の税制は標準世帯以外の世帯に対しては冷たいです。
余談になりますが、日本では依然として「結婚したカップルが子供を育てる」という社会通念が強く、この通念から外れた子育てを異端視する傾向が強いです。このため、子供を持つためにはまず結婚というハードルをクリアしなければならいないし、離婚などにより女性が一人で子育てをする場合に、男性側からの養育費の支払いについての不確実性が高いので、女性が子供をもつことのリスクは非常に大きいです。教育水準に男女の差がない状況では、女性の生き方に多様性がでるのは当然と考えます。色々な生き方をしている女性が子供を出産できる環境作りが、真の少子化対策と考えます。私見ですが、以下の施策が少子化対策には重要と考えます。
?「結婚したカップルが子供を育てる」という従来の家族観の変更、つまり、「産んじゃったシングル」を受け入れる社会への意識変革
?幼児だけでなく小学生まで入れる保育所の整備、
?小学校3年生修了で打ち切られる児童手当を高校卒業まで支払う、また、児童手当の増額の実施
?ひとり親と子供の世帯に対する優遇税制の導入

税制改革の観点から提言することは「看做し配偶者控除」の創設です。ご存知のように標準世帯(夫と専業主婦)では専業主婦に対して配偶者控除が取れます。しかし、母子家庭は当然のこととして配偶者控除の対象外です。しかし、働く女性は、専業主婦に代わる外部のサポート(看做し配偶者)を必要とします。ですから、そのようなに働く女性に対して配偶者控除を認めることが少子化対策に対して有効な手段と働くでしょう。

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