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失われた感覚

私は公認会計士の試験委員をしています。公認会計士の試験委員は試験問題を作成するだけでなく採点もしなければなりません。9月中旬から10月中旬までの約一ヶ月間は試験の採点に忙殺され、今、やっとその採点からも開放されホッとしているところです。採点の忙しさを振り返って見ると思い出されることがあります。それは「失われた感覚」です。我々(団塊の世代)がもっているある感覚を、今の受験生(20代)は失っているのではないかと感じたことが採点中、度々ありました。

我々、職業会計人は数字を見て間違いを直感できる感覚が大事と思料します。例えば6桁の数値と5桁の数値を足し算した時、答えは6桁で、例外的に7桁になります。しかし、5桁の答えが出ることはありません。毎日の仕事において間違いを起こさないとは、判断ミスをしないことか、計算ミスをしないことです。特に決算書の作成業務、申告書作成業務において計算ミスは職業会計人として致命的な誤りとなります。ですから、数字を見て間違いを直感できる感覚は、職業会計人として必須な資質です。しかし、多くの受験生にその資質が欠けているような事例が散見されました。前述の6桁の数値と5桁の数値を足し算した時、5桁の類いの回答が多かったことがその理由です。

そこで、その感覚は試験に合格して公認会計士になり実務につけば身につくのかというといささか疑問です。暴論になりますが、我々の育った時代になくて、いま在るもの(あるいは我々の育った時代にあって、いま無いもの)が懸念材料です。それは電卓です。我々の育った時代には電卓はなかったです。その時代にあったものはソロバンか筆算の紙です。ソロバン・筆算世代は、計算は間違うものだと理解しているため、見直すという習慣がついています。電卓世代(今の受験生)は、電卓の計算は正しいものだと信じている感じが今回の採点から強くいたしました。

今は表計算といえばエクセルの独壇場です。エクセルで作成された資料を読む時に要求される資質はまさに数字を見て間違いを直感できる感覚です。自分で計算しなくなればなる程、数字を見て間違いを直感できる感覚が必要となります。しかし、逆説的ですが、自分で計算しなくなればなる程、数字を見て間違いを直感できる感覚は失っていきます。更に最初から数字を見て間違いを直感できる感覚のない電卓世代が中心になってきます。この危機から脱却するための施策として会計事務所には電卓を置かないが考えられますが、これはあまりに非現実的です。そこで本稿のまとめとして、異常数字直感プログラムを随所に織り込んだ新人向け研修の徹底を提案します。異常数字直感プログラムの一例ですが、間違ったエクセルシートを渡し、電卓なしで間違い探しの練習です。案外、良い方法かもしれませんが、特効薬的効果はないです。漢方薬的効果であることが難です。しかし、漢方薬的効果ゆえ、異常数字直感プログラムは継続することが大事です。まさに、"継続は力なり"と考えます。

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コメント

失われた感覚について同感。分野は違いますが、それを感じます。食の世界では、成分表示とか品質保持期限表示が義務つけられているので、1日でも遅れると、不安がって食べない。食べるも学ぶも自己の五感を鍛え、五感を日々生活や学びに生かせです。

本当にそうですね。文明が進み、便利になればなるほど、人間が本来身につけている感覚や能力が失われていくような気がしてなりません。計算能力や文字を書く能力が一番顕著に現れていますね。残念だしもったいないことだと思います。

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