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無謬神話

興味ある新聞記事を先ず引用させてもらいます。「このところ公害や薬害の裁判(肝炎、基地騒音、原爆症、水俣病、じん肺)で国が負け続けている。政策判断を誤り、無策のまま放置して被害を広げ、被害の認定基準は合理性を欠く。こんな行政の責任を司法が厳密に判断すれば、当然に、国に勝ち目はない。▼ところが、お役人たちは、国が裁判に投じるカネとヒトの不足が敗因、と思い込みたいらしい。国が被告となる訴訟が増え、訴訟を担当する参事官らが足りず、民間の弁護士を登用する予算も少ない。それが敗訴続きの一因だとして、法務省は来年度予算で増員と増額を要求するという。▼本末転倒もここまで来ると、開いた口がふさがらない。患者・被害者の高齢化が進む公害・薬害裁判で、患者救済を優先する裁判官が和解を勧告しても応じず、一、二審で負ければ条件反射のように上訴するのが役所の習い。勝ち目のない上訴をやめれば、費用も人員も十分足りているはず。▼国家賠償の費用も国が裁判に投じるカネも、同じ税金である。「役所は絶対間違わない」などという今どき誰も信じない官僚の無謬神話を守るために、これまでどれほど訴訟費用を費やしてきたことか。国が被告になる裁判が増え、そこで国が負け続ける本当の理由を、お役人に考えさせるのが、政治家の大事な仕事なのだろう。(平成18年9月5日付け日本経済新聞朝刊、春秋欄のコラム)」

この記事が指摘している"役人のすることに間違いはない"とする問題点は、課税の世界では更にひどい状態ではないかと思料します。"役人のすることに間違いはない"から更に進んで、確信犯的な"間違っていても課税してしまえ!"の風潮が課税当局にはあるのではないかと疑わせる事例が最近多々あります。"間違っていても課税してしまえ!"には少し解説がいります。例えば、連結利益に比べて本邦で支払う税金が少ない会社は、海外で多くの税金を支払っていますが日本では税金をそれほど支払っていない会社です。課税庁にとっておもしろくない(好ましくない)企業です。そのような企業の国際取引から発生する利益は、何がなんでも課税する風潮を"間違っていても課税してしまえ!"という表現にしています。

日本は租税法律主義を採っており、日本国憲法の第30条と84条が租税法律主義の根拠となっています。憲法の条文の趣旨は「税の徴収は税法に書かれた範囲で行なわれ、それ以下でもそれ以上でもない」です。私見ですが、租税負担回避のために不自然不合理な行為がなされた場合、これを否認し、通常とられるであろう行為を以って課税することは、実質課税の原則から容認出来る税務執行と考えます。しかし、その契約の内容が第三者間で取交わされる内容と同等である場合、その契約に基づく経済行為が結果として節税効果をもたらしたとしても税法に書かれた範囲を超えて、その節税分に課税することは裁量主義による課税、つまり認められない税務執行と考えます。憲法の条文の趣旨「税の徴収は税法に書かれた範囲で行なわれ、それ以下でもそれ以上でもない」から判断すると、私法上の契約の文言は尊重されなければなりません。ですから、課税されるはずのない取引が課税された企業は、当然、税務訴訟まで視野に入れて異議申立等の手続を進めるでしょう。ですから、今後、国が被告となる税務訴訟は増えることは必至です。

今後の税務訴訟に関する裁判所の判断は、納税者有利になると推測します。それは、国が裁判に投じるカネとヒトの不足が負ける理由ではなく、現在行われている裁量主義による課税が負ける理由です。しかし、負ける理由をお役人に考えさせるには実績が必要です。企業にとって税務訴訟は、不可避な選択肢になりつつあります。

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コメント

移転価格等がたびたび問題になるのは役人がひどいからですかね? 

個人的には役人の態度が問題なのではなく、国際取引を租税法等、各国が国内法で対処せざるを得ないのが原因だと思います。

これは国際取引そのものを制限するか、あるいは2国間の条約や協議を超えた枠組みが完成しない限り続く問題ではないでしょうか。

日経記事について言えば、政治屋さんたちこそ会社法制定や法人税減税ばかりに取り組まないで、健康被害を受けた人たちの救済・予防的な手段を講じることに動いてくれればと良いと思います。立法の権限は政治家にあるのですから。献金は期待できないでしょうが。

税法と民商法に詳しい某OBの先生と話をする機会があった折、「行政組織では、一番実務に詳しいのは窓口などで国民と接する機会がある人たちで、組織の上に行くに従って実務を知らないことが逆にステータスになっている。しかし司法の世界では、裁判官が一番実務に詳しい組織となっている。一長一短あるかもしれないが、行政組織も司法組織のあり方を見習うべき時に来ているのではないか」とおっしゃられていました。

もちろん行政官が退官後素晴らしい専門家になられているケースも数多くありますが、組織のあり方としては上述の通りなのでしょう。

行政組織のあり方についてはさまざまな議論があると思いますが、民主主義の世界ですので、お役人と互角に税の議論ができる政治家(※たとえばかつての山中貞則氏のようにお役人が一目も二目も置いていた税に精通した政治家)が待望されるところです。

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