2007年3月アーカイブ

ニューヨークの風

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私のお気に入りブログ“黒田由貴子とルークのブログ”に「ニューヨークの風」という記事が載っていました。興味ある記事ですので、当該記事を引用させてもらいます。

ニューヨークの風ー小学校の幼馴染みに、画家がいます。ニューヨークに住んでいますが、毎年、日本で個展を開いています。彼がブログに自分の作品を掲載し始めました。私がボストンに留学していたころ、ニューヨークに遊びにいくたびに世話になっていたので、恩返しに彼の作品を宣伝しています。小学校のころ悪ガキだったことを思うと、どうしてこんな繊細な画風になるのか、さっぱりわからないけど、彼の作品(NEW YORK KAZU STUDIO)を見ていると、アメリカがとっても優しくみえるから不思議です。優しい気持ちに触れたくなったら、見てみてください。

ブログに掲載されている絵はお勧めです。癒されます。

硬直化したシステム

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税制改革ー税制改革の観点から提言することは「正直者はバカを見るという国民感情を是正する内容の改革の実施」にあると考えます。正直者はバカを見るという国民感情を是正するには、現在の硬直化したシステムの改革が求められると考えます。

現在起きている経済構造の変化を定性的に、かつ、定量的に分析しても、その分析結果が適正に反映される形で税制改革が行われなくては意味が無いです。しかし、残念ながら現在の税制改革システムでは無理ではないかと考えます。現在、政府税調の運営にあたっては、財務省主税局が大きな影響力をもっています。官僚が大きな影響力を持つということは、一般常識ではなく霞ヶ関の論理(行政主導・縦割り体質)で税の改正が行われるという意味です。さらに、政府税調よりも自民党税制調査会(自民党税調)の力が強く、永田町の論理(支援組織へのばら撒き)で、政府税調の答申の内容が自民党税調によってしばしば曲げられてしまいます。

右肩上がりの経済の下では、一定の税収が確保されるため、政府税調、自民党税調、財務省主税局が三位一体となった形での立法の仕組みでも大きな問題は生じなかったです。しかし、21世紀の税制改革は、人口減という大きな構造変化の中で行われなければなりません。 そこで提案したいのは、現在の税制改革システムを廃止し、欧米型の諮問機関(タスクフォース)による税制改革システムに移行させることです。すなわち、税制に係わる立法を行政、司法から完全に分立させ、本来の国家運営の基本に戻す手段として欧米型の諮問機関(タスクフォース)の創設し、その機関が税制改革の中心となることです。欧米型の税制改革システムは、政府が少数精鋭の税制専門家グループからなる諮問機関に税制改革の基本的なプラン作りを要請します。当該諮問機関は改革プランをまとめて公表を行います。この改革プランが国会の審議にかけられると同時に国民に向けた公聴会等が開かれ、国民の声を吸い上げつつ立法化されていきます。 

税制改革を阻害する問題点を二つ例示します。霞ヶ関の論理(行政主導・縦割り体質)や、永田町の論理(支援組織へのばら撒き)がもたらした問題を例示します。

霞ヶ関の論理(行政主導・縦割り体質)が如実に出て問題となっている制度は年金です。年金制度は、厚生年金、国民年金、公務員共済組合、議員年金とバラバラで、厚生年金に入っているサラリーマンは天引きされているのに対し、他の年金制度で生じている掛け金未納、役人優遇、議員特別待遇等の問題は放置されています。多くの国民は、年金問題はマスコミが騒ぐだけで、真の改革は出来ないのではないかと疑心暗鬼です。また、税金の徴収は国税庁が、年金の徴収は社会保険庁が行っています。何故、企業のようにリストラして徴収コスト削減に努めないのかと国民は疑問に思っています。

永田町の論理(支援組織へのばら撒き)の例としてとして、消費税の導入・引き上げのため、所得税の課税ベースを縮小したことです。消費税の導入・引き上げに対する国民の理解を得るために、所得税の課税ベースの縮小(所得控除の拡大)が行われてきました。その結果、就業者の四人に一人は所得税を払わなくていいという事態を招いています。つまり、今の所得税法は、“底に幾つもの穴の空いた桶”、すなわち、課税ベースが穴だらけの状態です。

政府税調、自民党税調、財務省主税局が三位一体となった税制改革システムがもたらした最大の弊害は、税に関して正直者はバカを見るという国民感情を醸成していることです。 税制改革の観点から提言することは「正直者はバカを見るという国民感情を是正する内容の改革の実施」にあると考えます。私見ですが、以下の内容を盛り込むことが重要と考えます。

  1. 「税金/年金の支払いに関して特権グループはなく、全員が応分の負担をすべきものである」という考え方の普及
  2. 年金の一元化
  3. 納税者番号制度の導入
  4. 所得税の課税ベースの適正化を意図した所得税法の改定
  5. 税金・年金徴収コストの削減策の立案と実施

上記施策の採用は、正直者はバカを見るという国民感情の是正に大いに役立つでしょう。 上述しましたように欧米型の諮問機関(タスクフォース)による税制改革システムに移行させることによって、マスタープランに基づいた税制改革が可能となるでしょう。私見ですが、硬直化したシステムの改革が所与の前提となって、はじめて消費税の増税が議論の遡上に上がってくると考えます。

私見争見ー多くの企業の好決算なのに庶民の可処分所得が増えません。何故、可処分所得が増えないのでしょうか?「何かおかしくないか?」という素朴な疑問から記事を書きました。

“いざなぎ景気を超えた(2002年1月を底に回復を続けてきた景気拡大が2006年10月時点でいざなぎ景気の57ヵ月を超えたため)”という話が、政府筋から頻繁に聞こえてきます。“いざなぎ景気を超えた”というフレーズが政府の上げ潮戦略の正当性を証明する現象として利用してしてようで、白々しい気持ちになっている人が多くいると思料します。それは、多くの企業の好決算なのに庶民の可処分所得が増えないという現実があるからです。何故、可処分所得が増えないのでしょうか?その理由として、企業は国際競争力を保たねばならないので、賃上げは出来ないが議論の主流です。それは、正論のようですが、事の本質を捉えていないようです。私は、現在の異常に低い金利水準に原因があると考えます。

私見を申し上げます。この20年間の金利水準の推移が多くを物語っています。バブルのピークは1988年から1990年にかけてです。その時の公定歩合は5%前後でした。そして、バブルが崩壊します。それからほとんどの銀行が不良債権を抱えます。その不良債権処理が金融システム維持のためには国策として取り上げられます。1995年9月には公定歩合、0.50%とそれまでの水準の1/10という異常な水準に引き下げられます。2001年3月にはゼロ金利政策が導入され、5年4ヶ月の長きにわたって続けられました。昨年7月にゼロ金利政策が解除され、公定歩合は引き上げられました。しかし、引き上げ後の公定歩合は0.40%と相変わらず異常に低い水準です。今年2月21日に公定歩合は再引き上げされ0.75%となりましたが、庶民感覚からすると常識を疑う僅かな金利引き上げです。

公定歩合再引き上げ後(2007年3月現在)であっても普通預金金利は0.189%で、定期預金金利(1年満期)は0.344%から0.396%です。600万円を貯金した場合、今の金利水準でしたら年間の利息収入は良くても2万円には届きません。これでは、人の消費意欲は湧きません。もし、同じ預金残高で年間の金利収入が10万円以上あったら、多くの人は金利収入の一部あるいはかなりの部分を消費にまわすでしょう。10万円の金利収入を得るための預金の金利水準は1.7%です。失われた10年を除いて、戦後の日本では預金の金利水準2%前後で家計は金利収入を得ていました。

家計部門の金融資産は1,400兆円あると言われています。その残高の54%が現金で、27%が保険・年金準備金で、残り19%が株・債券等です。ということは預金金利に敏感な金融資産は、1,400兆円の約半分、700兆円です。これを国民一人当たりに換算すると600万円前後の預金残高です。異常な低金利水準を改め、この600万円を消費を生む源泉にすべきです。戦後60年の内、50年近い間、600万円の預金は消費を生む源泉でした。バブル崩壊時の銀行救済を主目的とした超異常低金利が、銀行救済の目的を達した今でも続けられていることは、それを続ける施政者の常識を疑います。更に、マクロ的に見ると、本来淘汰されるべき企業が超異常低金利ゆえ生き残っています。21世紀に即した産業構造への転換を大きく遅らしていると考えます。

金利が金融政策の要として機能する要件は、常識のレベルに金利水準があることです。今こそ、超異常低金利を改め、国民一人当たり預金残高600万円を消費を生む源泉すべきです。その結果、国民の可処分所得は増え、更に、21世紀に即した産業構造への転換が図られるのではないかと考えます。今こそ、金利を常識のレベルに引き上げるべきです。

寄附金

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寄附(きふ)とは、金銭や財産などを公共事業、公益・福祉・宗教施設などへ贈与することを言います。災害の際に被災地・被災民へ送られる義捐金も寄附の一つであります。社会事業団体、政治団体に対するきょ出金、神社の祭礼等の寄贈金が代表的な寄附金です。寄附は、福祉に係る費用の一部を民間が肩代わりする経済活動に位置づけられます。しかし、本邦法人税では、企業が行った寄附に関わる経済的利益の大部分が損金算入出来ません。

寄附金の限度額は以下のとおり計算されます。
一般の寄附金は(所得金額の2.5%+資本金等の額の0.25%)×1/2で算定された金額を超えたら、この超過部分が損金算入出来ません。 例えば、所得が10億円の企業が30百万円の寄附を行うと、凡そ、その半分が損金算入出来ません。一般的に寄附金、きょ出金、見舞金などと呼ばれるものは寄附金に含まれます。ただし、これらの名義の支出であっても交際費、広告宣伝費、福利厚生費などとされるものは寄附金から除かれます。したがって、金銭や物品などを贈与した場合に、それが寄附金になるのかそれとも交際費等になるのかは、個々の実態をよく検討した上で判定する必要があります。ただし、事業に直接関係のない者に対する金銭贈与は、原則として寄附金になります。

例外の取り扱いがあります。?特定公益増進法人に対する寄附金(日本赤十字社などの特殊法人、公益法人のうち科学技術の試験研究や学生に対する学資の支給を行うものなど)と?認定NPO法人に対する寄附金(特定非営利活動を行う法人(NPO法人)のうち一定の要件を満たすものとして国税庁長官の認定を受けたもの)の総額を別枠として、上記算式による損金算入限度の計算が認められています。更に、?国・地方公共団体に対する寄附金(公立高校、公立図書館など)と?指定寄附金(国宝の修復、オリンピックの開催、赤い羽根の募金、私立学校の教育研究など)は全額損金算入が認められています。以上のような税務上の取扱いの下では、企業が積極的に寄附をしようとする動機が生まれません。お付き合い程度に、全額損金算入できる指定寄付金に限定されていまいます。真に福祉のための寄付は税制の面から成し難い状況にあります。

少し視点を変えます。ある文献で次のように記述しております。
「日本でも、古代から寄付の歴史があり、奈良時代の頃から、利水・治水や橋・道路建設などの公共事業のため、仏教僧が民間から寄付を集める勧進が行われていた。中世は自力救済の時代であったが、民衆の間に頼母子講などの相互扶助が始まった。これは集団で金銭を貯蓄し貧困者などに順番で供与するという、寄付と同様の機能を持った相互扶助であった。近世に入っても相互扶助の伝統は継承され、明治になり社会構造が大きく変わると、相互扶助に代わって寄付が盛んになっていった。第二次世界大戦以前は、皇室や財閥などによる寄付が寄付総額の30%にのぼるなど、福祉のかなりの部分を寄付が担っていた。」

戦後の日本は、宗教の自由が信仰の否定になり、福祉国家の理念が無責任な国民の創造になりました。信仰を否定し、無責任な日本人の特徴が世帯当たり寄附金の額にも現れています。世帯あたり寄附金の額は、アメリカが約17万円、日本が約3000円と大きな差になっています。こうした格差を増長させている要因(無信仰、無責任)に加えて、もうひとつの要因があります。それは本邦寄附金税制(寄附金を基本的に奨励しない税制)です。これからの日本は少子高齢化社会になります。少子高齢化社会を支えるためには、社会福祉関係のコストは増大する一方です。社会福祉関係の活動を国に任すと、知らないうちに外郭団体が生まれ、本来の業務に使われるべき資金が目的外に費消される可能性が高いです。寄附に基づく福祉活動は、市民運動です。よって、ガラス張りの活動が求められます。これからは企業も個人も福祉のために寄附できるような税制改革(寄附金を奨励する方向への税制改革)が切に望まれます。


寄付金に関わる条文を下記に引用します。

三輪清浄

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ある雑誌を拾い読みしていたら三輪清浄(さんりんしょうじょう)という言葉が飛び込んできました。語感が心地よいので、早速意味を調べてみました。三輪とは能施(物を贈る人)、所施(物を贈られる人)、施物(贈られるもの)のことだそうです。清浄は読んで字のごとく清らかでけがれのないことの意味でした。大事な仏行のひとつに三輪清浄の布施があるそうです。布施は恵み施す行為であり、相手を思いやる心であり、無償の行為で見返りや何かの功徳を求める気持ちがあってはならないとされています。三輪清浄の布施を通して、施しの喜びを味わい、また執着、物欲からの解放されていくことが出来ると仏教では教えています。

しかし、我々の行為は、三輪清浄の布施とは意を異にする場合が多いです。特にビジネスの世界で贈るという行為は、打算、計算が先にたちます。私はそれが悪いとは言いませんが、「過ぎたるは及ばざるがごとし」の喩えの通り、打算、計算だけのビジネス人生では空しいものとなるでしょう。宗教の教えに盲目的に従うことは出来ない私ですが、普通の生活では感謝とか恩返しとかは大事と考えています。感謝の気持と共に人にものを贈ることは、自分の喜びであり、多分、贈られた人も嬉しいと勝手に思っています。

ビジネスの世界では、ステークホルダー(企業の経営活動、企業の存続や発展に対して利害関係を有する個人や法人のこと。具体的には、従業員、株主、金融機関等債権者、得意先、仕入先、地域社会、行政機関など、企業を取り巻くあらゆる利害関係者を指す)を満足させる必要があると言われています。企業経営者はすべてのステークホルダーに対して三輪清浄の気持を持って接しているのでしょうか。成功している企業経営者は、従業員に対して三輪清浄の気持をある程度持っているように思います。しかし、地域社会、行政機関への貢献となると事情は一変すると思料いたします。三輪清浄は清らかでけがれのない関係があって、はじめて成り立つものと思料します。ステークホルダーとしての地域社会、行政機関は、やや独善的で聞く耳を持たない傾向があります。企業は地域社会に貢献するのが当然であるとして寄付が慫慂(しょうよう)されたりします。企業にとって行政機関への具体的貢献は、税金の支払の形をとります。しかし、税金の支払は慫慂ではなく強制であります。ですから、税金を徴収する方は強制力がある故に謙虚でなければならないと解します。徴収した税は歳出として支出されます。行政機関は徴収した税金を無駄なく有意義に費消すること、そして、それを正しく開示することが求められます。このことを怠っている行政機関は謙虚でないです。

三輪清浄には清らかでけがれのない関係が必要です。ステークホルダーとしての地域社会、行政機関と企業の関係を見ると、私見ですが、改善が必要となるのは前者ではないかと考えます。

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