上げ潮戦略から取り残された国民の可処分所得

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私見争見ー多くの企業の好決算なのに庶民の可処分所得が増えません。何故、可処分所得が増えないのでしょうか?「何かおかしくないか?」という素朴な疑問から記事を書きました。

“いざなぎ景気を超えた(2002年1月を底に回復を続けてきた景気拡大が2006年10月時点でいざなぎ景気の57ヵ月を超えたため)”という話が、政府筋から頻繁に聞こえてきます。“いざなぎ景気を超えた”というフレーズが政府の上げ潮戦略の正当性を証明する現象として利用してしてようで、白々しい気持ちになっている人が多くいると思料します。それは、多くの企業の好決算なのに庶民の可処分所得が増えないという現実があるからです。何故、可処分所得が増えないのでしょうか?その理由として、企業は国際競争力を保たねばならないので、賃上げは出来ないが議論の主流です。それは、正論のようですが、事の本質を捉えていないようです。私は、現在の異常に低い金利水準に原因があると考えます。

私見を申し上げます。この20年間の金利水準の推移が多くを物語っています。バブルのピークは1988年から1990年にかけてです。その時の公定歩合は5%前後でした。そして、バブルが崩壊します。それからほとんどの銀行が不良債権を抱えます。その不良債権処理が金融システム維持のためには国策として取り上げられます。1995年9月には公定歩合、0.50%とそれまでの水準の1/10という異常な水準に引き下げられます。2001年3月にはゼロ金利政策が導入され、5年4ヶ月の長きにわたって続けられました。昨年7月にゼロ金利政策が解除され、公定歩合は引き上げられました。しかし、引き上げ後の公定歩合は0.40%と相変わらず異常に低い水準です。今年2月21日に公定歩合は再引き上げされ0.75%となりましたが、庶民感覚からすると常識を疑う僅かな金利引き上げです。

公定歩合再引き上げ後(2007年3月現在)であっても普通預金金利は0.189%で、定期預金金利(1年満期)は0.344%から0.396%です。600万円を貯金した場合、今の金利水準でしたら年間の利息収入は良くても2万円には届きません。これでは、人の消費意欲は湧きません。もし、同じ預金残高で年間の金利収入が10万円以上あったら、多くの人は金利収入の一部あるいはかなりの部分を消費にまわすでしょう。10万円の金利収入を得るための預金の金利水準は1.7%です。失われた10年を除いて、戦後の日本では預金の金利水準2%前後で家計は金利収入を得ていました。

家計部門の金融資産は1,400兆円あると言われています。その残高の54%が現金で、27%が保険・年金準備金で、残り19%が株・債券等です。ということは預金金利に敏感な金融資産は、1,400兆円の約半分、700兆円です。これを国民一人当たりに換算すると600万円前後の預金残高です。異常な低金利水準を改め、この600万円を消費を生む源泉にすべきです。戦後60年の内、50年近い間、600万円の預金は消費を生む源泉でした。バブル崩壊時の銀行救済を主目的とした超異常低金利が、銀行救済の目的を達した今でも続けられていることは、それを続ける施政者の常識を疑います。更に、マクロ的に見ると、本来淘汰されるべき企業が超異常低金利ゆえ生き残っています。21世紀に即した産業構造への転換を大きく遅らしていると考えます。

金利が金融政策の要として機能する要件は、常識のレベルに金利水準があることです。今こそ、超異常低金利を改め、国民一人当たり預金残高600万円を消費を生む源泉すべきです。その結果、国民の可処分所得は増え、更に、21世紀に即した産業構造への転換が図られるのではないかと考えます。今こそ、金利を常識のレベルに引き上げるべきです。

いざなぎ景気とは、1965年から1970年にかけて5年近く続いた好景気です。所得水準の向上によって、エアコン(クーラー)の購入も増加し、車(car)、エアコン(cooler)、カラーテレビ(color TV)が3Cと呼ばれ、消費の大幅な伸びがありました。いざなぎ景気の間に日本経済は大きく拡大し、世界第二の経済大国となりました。留意すべき点は、その時の金利の動向です。公定歩合は1965年から1969年前半までの間、1.7%前後で推移し、いざなぎ景気の終わる1969年後半から1970年には6.25%ー6.0%になり、それから20年間あまりバブルが崩壊するまで、公定歩合は6.25%ー6.0%前後で推移していました。

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現在のサラリーマンは、江戸時代の百姓と同様で、おとなしく働く"納税する機械"(税金を"生む機械"といっても良い)の位置にあるように感じております。従って、機械にはたまに少しの油を射させばよいのであり、多くの金利収入を与えると働かなくなります。お上の考え方が現れているのかもしれません。

又、 この低金利を支えるためにも、間接投資から直接投資へのシフトを政策としており、ある一面から見ると百姓が貯めたお金は博打に使えと言っているようにも見えます。あたかも国定忠治の世界のようであります。

低金利問題は、これからの高齢者社会をどうするかという問題もありますが、自分がどうするかという切実な問題でもあります。

こばやし(しん)さん、最近の移転価格税制における課税庁の厳しい執行も、「国外で儲ける企業と国内で苦しむ国民」という状況下で、「税制を通じた国民への富の還元」の一つとして意義があるということになるのでしょうかという質問に私見を述べさせてもらいます。

現状の移転価格税制における課税庁の厳しい執行は、租税法律主義に基づいて、厳しく執行されているとは思われません。課税庁の自由裁量が大きく働いています。つまり、善良な納税者に不当な課税をしている傾向が強いです。このような状況下では、海外事業を活発に展開している企業は経済活動の結果生じる負担すべき税額を予測することができません。つまり、経済活動を行っていく上で法的安定性が保障されません。国は公正な形で「税制を通じた国民への富の還元」をすべきです。目的を達成するため、公権力が手段を選ばないということは許されないことと解します。

以上より、「国外で儲ける企業と国内で苦しむ国民」という状況下であっても、「税制を通じた国民への富の還元」の方策が有意義であるとは思えません。

村田さんのブログを読んで、思えば、もう自分の預貯金が増えることなんて考えたこともない自分が居ました。景気が上がったといわれ、企業はすっかり潤っているようなのに・・庶民の生活は全く変わりません。不思議だなと思っていましたが、給料が上がらなければ、それは当然のこと。潤ったお金が企業でストップして、従業員まで流れてこなければ、本当の意味で景気が回復したとは言えないです。是非、金利が上がって、夢の持てる生活がしたいです!

企業の景気と国民の不景気の関係は興味深い話ですね。

最近ある業種の連結ベースの会計情報を見る機会があったのですが、ほとんどの企業の利益はその大部分が「国外」で「自己完結的に」稼得したものでした。その意味では、企業の「国外の」好景気は「国内の」従業員の賃金に及ばないのは、企業として当たり前と考えているのかもしれません。

他方、国外の儲け話には日本の銀行なども何らかの形で投資しているとすれば、何らかの形(利子など)として国民に還元することは必要なんでしょうね。

そう考えると、最近の移転価格税制における課税庁の厳しい執行も、「国外で儲ける企業と国内で苦しむ国民」という状況下で、「税制を通じた国民への富の還元」の一つとして意義があるということになるのでしょうか?

国際経済と国内税制の関係は複雑ですが、是非ご意見を伺いたく・・・。

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