« コメントを投稿 | メイン | 寄附金 »

三輪清浄

ある雑誌を拾い読みしていたら三輪清浄(さんりんしょうじょう)という言葉が飛び込んできました。語感が心地よいので、早速意味を調べてみました。三輪とは能施(物を贈る人)、所施(物を贈られる人)、施物(贈られるもの)のことだそうです。清浄は読んで字のごとく清らかでけがれのないことの意味でした。大事な仏行のひとつに三輪清浄の布施があるそうです。布施は恵み施す行為であり、相手を思いやる心であり、無償の行為で見返りや何かの功徳を求める気持ちがあってはならないとされています。三輪清浄の布施を通して、施しの喜びを味わい、また執着、物欲からの解放されていくことが出来ると仏教では教えています。

しかし、我々の行為は、三輪清浄の布施とは意を異にする場合が多いです。特にビジネスの世界で贈るという行為は、打算、計算が先にたちます。私はそれが悪いとは言いませんが、「過ぎたるは及ばざるがごとし」の喩えの通り、打算、計算だけのビジネス人生では空しいものとなるでしょう。宗教の教えに盲目的に従うことは出来ない私ですが、普通の生活では感謝とか恩返しとかは大事と考えています。感謝の気持と共に人にものを贈ることは、自分の喜びであり、多分、贈られた人も嬉しいと勝手に思っています。

ビジネスの世界では、ステークホルダー(企業の経営活動、企業の存続や発展に対して利害関係を有する個人や法人のこと。具体的には、従業員、株主、金融機関等債権者、得意先、仕入先、地域社会、行政機関など、企業を取り巻くあらゆる利害関係者を指す)を満足させる必要があると言われています。企業経営者はすべてのステークホルダーに対して三輪清浄の気持を持って接しているのでしょうか。成功している企業経営者は、従業員に対して三輪清浄の気持をある程度持っているように思います。しかし、地域社会、行政機関への貢献となると事情は一変すると思料いたします。三輪清浄は清らかでけがれのない関係があって、はじめて成り立つものと思料します。ステークホルダーとしての地域社会、行政機関は、やや独善的で聞く耳を持たない傾向があります。企業は地域社会に貢献するのが当然であるとして寄付が慫慂(しょうよう)されたりします。企業にとって行政機関への具体的貢献は、税金の支払の形をとります。しかし、税金の支払は慫慂ではなく強制であります。ですから、税金を徴収する方は強制力がある故に謙虚でなければならないと解します。徴収した税は歳出として支出されます。行政機関は徴収した税金を無駄なく有意義に費消すること、そして、それを正しく開示することが求められます。このことを怠っている行政機関は謙虚でないです。

三輪清浄には清らかでけがれのない関係が必要です。ステークホルダーとしての地域社会、行政機関と企業の関係を見ると、私見ですが、改善が必要となるのは前者ではないかと考えます。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.muratatax.com/mt-tb.cgi/53

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)