失われた十年 !

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私見争件ー発刊された新聞記者の著書から1990年代の失われた十年を考察しました。 

最近、発刊された二冊の本を紹介します。 それは、特捜検察 vs. 金融権力(村上治著、朝日新聞社発行)と徴税権力(落合博文著、文芸春秋発行)です。村上治さんは現在、朝日新聞論説委員で、東京佐川急便事件以降の大型経済事件や政界汚職の報道に関わった新聞記者です。落合博文さんは大蔵省、国税庁を担当した朝日新聞の記者で、62歳になった時(2003年)、朝日新聞を退職されています。

特捜検察 vs. 金融権力は、バブルが弾けた1990年からの約10年間の事件を通じて村上治さんが取材した内容を本にしています。事件を題材としていますので、登場人物がすべて実名です。事件に関わった人の中には、私が個人的に知っている人が何人かいて、「あの人があのスキャンダルの渦中にいたのだぁ?!」、「あの人は泣く子も黙る鬼検事だったのだぁ?!」と、私の知人の知らない面をその本で知ることが出来ました。あの当時の大蔵省と銀行の癒着の例が書かれています。局長クラスになると銀行は盆暮に数十万円相当の洋服のお仕立券を銀行は贈る習わしがあり、100社から贈られたら、それで数千万になります。それを公然と現金化して自分の懐に入れていた悪習、その悪習の行き着くところは、悪名高き「ノーパンしゃぶしゃぶ」と村上治さんは書いています。

徴税権力も、バブルが弾けた1990年からの約10年間を対象としています。落合博文さんが国税庁担当記者として取材した内容をまとめたものです。本の内容は、国税の厚い守秘義務の壁をなんとか突いて得た情報を下にしていますので、登場人物は特定されないように書かれています。朝日新聞の記者が徴税権力という題名の本を書いたので、きっと国税批判でいっぱいと思っていましたが、想像に反して、「国税頑張っている・・捨てたものではない!」の論調の国税応援の本です。

思い起こすと、バブルが弾けた1990年からの10年は、政治家、政商、官僚の腐敗の腐臭が世の中に漂った時代でした。上記ふたつの本は、何故、失われた十年なのか・・その問題の一面を深く新聞記者の目で取材した内容をまとめています。1990年代の検察と国税の見事な連携による事件摘発で、その時代の腐臭は段々消えていき、官庁と民間の癒着問題は解決してきています。

徴税権力では、課税庁の非常に厳しい取立てを例示しています。つまり、歳入に関する公権力は機能しています。しかし、公官庁の歳出は、相変わらず穴の開いた桶の如く垂れ流し状態です。落合博文さんは、著書のおわりで「公官庁の公金腐敗を野放図にさせた責任の多くは会計検査院にある、と指摘しておきたい」と書いています。僅か一行の文章ですが、既に朝日新聞を退職している落合氏が新聞記者の感性から臭いものに蓋の官庁の姿勢に疑問を呈して、後輩の新聞記者にブラックボックス化した会計検査院のパンドラの箱を開けと言っているのではないかと想像します。

会計検査院について(会計検査院のホームページから引用)
予算が適切かつ有効に執行されたかどうかをチェックすることと、その結果が次の予算の編成や執行に反映されることが、国の行財政活動を健全に維持していく上できわめて重要です。
そこで、憲法は、「国の収入支出の決算」について、会計検査院が検査し、内閣は会計検査院の検査報告とともに決算を国会に提出するよう定めています。
また、会計検査院は、このほか、国有財産、国の債権・債務、「国が出資している法人」や「国が補助金等の財政援助を与えている地方公共団体」などの会計を検査しています。
会計検査院は、このような重要な機能を他から制約を受けることなく厳正に果たせるよう、国会、内閣、裁判所いずれからも独立した地位を与えられています。

憲90「国の収入支出の決算は、すべて毎年会計検査院がこれを検査し、内閣は、次の年度に、その検査報告とともに、これを国会に提出しなければならない。会計検査院の組織及び権限は、法律でこれを定める。」

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