2009年2月アーカイブ

我々はガラパゴス会計の道を歩んでいるのではないかという懸念を記事に認めました。

 

2009223日、日経朝刊に「ガラパゴスを出よう巣ごもりは進化ゆがめる」という記事(下記に添付)がありました。その記事は、日本のガラパゴス化に対して警鐘を鳴らしています。日本のガラパゴス化で、私が懸念する分野は、本邦の会計です。それは、我々がガラパゴス会計の道を歩んでいるのではないかという懸念です。現在、自国の会計基準として国際会計基準(IFRSと呼ぶ)を採用していない国は、米国と日本だけです。米国は米国基準がグローバル・スタンダードであると云う思い込みから米国基準に、日本は特別であるというわけの判らない理由から日本基準に固執しています。

 

100年にいちどの不況は対岸の火事ではなく、飛び火して日本経済はボロボロになり始めています。日本一国で経済が成り立つ時代は既に過ぎているのに、終身雇用制度も崩れているのに、経営者は、旧態依然と日本式経営から離れることが出来ません。そして日本語経営からも離れることが出来ません。そして本邦会計も日本語経営と同じで、日本基準の会計では、世界の人と会話ができません。会計の良いところは、数値で成り立っています。ですから、読み方は違っても誰でも読めます。

 

IFRSを単なる会計基準と考えないで欲しいです。本邦会計基準を日本基準からIFRSに替えることは、世界言語を手に入れると同じです。世界言語で会話すれば、グローバル経営も見えてくるでしょう。IFRSで企業経営は激変すると考えます。紹介した日経朝刊記事の末尾の部分を引用いたします。

 

【危機はチャンスでもあるが、変革を恐れ巣ごもりしていては、好機をのがす。環境の変化にうまく対応できた種が生き残る。】

官僚の矜持を問う - その2!

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BPnet 財部誠一氏の「ビジネス立体思考」で興味ある記事(2009218日)Nikkei BPnetが載っていました。その記事の抜粋をここに引用いたします。

 

大臣秘書官はなぜ記者会見をさせたのか

 最大の疑問はなぜ財務省は酩酊状態といっても良い状態にあった大臣に記者会見をさせたのか、だ。幸いにしてG7には日銀の白川総裁が同席しており、記者意会見にも2人そろって臨んでいたのだから、中川前大臣をホテルの部屋で休ませ、白川総裁一人で記者会見をするという判断がなぜできなかったのか。私がもし大臣秘書官なら酩酊状態の大臣が世界のメディアの前に身をさらすことなど、断固阻止する。そんなことは秘書官としてのイロハのイではないのか。

 

 もしかしたら、財務大臣秘書官は意図的にあの醜態を世界にさらさせたのでないか、とさえ勘繰りたくなってしまう。財政再建を放り出した財務大臣のクビをすげかえる絶好の機会として、酩酊大臣の記者会見出席をあえて止めなかったのではないか。中川氏の後任を財政規律派の与謝野馨経済担当相が兼任すると聞けば、ますますそう思いたくなってしまう。

 

官僚の矜持を問う!

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今回の中川財務・金融担当相に辞任劇で、政治家のだらしないことにがっかりしましたが、官僚のだらしないことにもがっかりしました!!

 

中川前財務・金融担当相の7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議後の記者会見での醜態は見るに忍びない内容でした。ですから、彼が辞任することは当然と考えます。しかし、7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議に中川氏と白川日銀総裁二人だけが現地に行ったのではなく、事務方の官僚も参加しています。それら官僚は、中川氏の状態を知っていたはずで、そうであれば、諫言をもって中川氏を記者会見に臨ませないことができたはずです。中川氏を守るためではなく、国益を守るためです。

 

公僕(public servant)である故、ある種の特権が官僚に与えられています。今回の官僚のお粗末さ加減は、日本の官僚のお粗末さ加減を示すほんの一例ではないかと考えます。日本文化には諌死という思想がありました。諌死とは、「死をもって主君に忠告する」の意味です。諌死の意味を「心構え」と考えれば、特権に甘えず、国民全体に奉仕することが自分の職であるとの矜持をもつことが官僚に求められる心構えと考えます。

 

社会に閉塞感が蔓延した現在の状況を打開するには、政治家、官僚のみならず、我々すべてが、自分の職責に応じた矜持を持つことが求められるような気がします。

 

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