社外取締役ってなんだ!

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社外取締役に関する興味ある記事がありましたので紹介します。記事の見出し【元来「できそこない」?社外役員に期待する愚】が事の本質をとらえているようです。

 

社外取締役に関する議論が最近紙面をにぎわしています。一例として日本経済新聞(2009.5.27)朝刊に「経営の監視策、選択制に 経産省が制度案、実効性を重視」の記事を引用いたします。

 

経済産業省は26日、コーポレートガバナンス(企業統治)を向上させる制度案をまとめた。上場企業の経営監視体制を強化するため、社外取締役を置くか独自の対策をとるかを選ぶ制度を設ける方針を示した。政府内の調整を急ぎ、証券取引所の上場規則などに具体策を盛り込むよう求める。日本の株式市場の活性化に向けて、少数株主が安心して投資できる環境を整える。

26日に開いた「企業統治研究会」(経済産業政策局長の私的研究会)で制度案を提示した。研究会には金融庁や法務省、東京証券取引所などの関係者も参加している。経産省は「大筋で合意できた」と話しており、6月中にまとめる最終報告書に盛り込む。

 

しかし、社外取締役のあるべき姿に関する検討が詳らかにされないで、選択制にすると聞くと、なにか一歩後退した印象を多くの人は持つのではないかと危惧します。やや逆説的ですが、社外取締役のあるべき姿の本質についた書かれた記事がありましたので、ご紹介します。それは、週刊東洋経済(2009.5.30)ミスターWHOの少数異見より、【元来「できそこない」?社外役員に期待する愚】です。

 

金融庁が、社外役員設置の義務化案を取りまとめようとしている。だが問題の本質は義務化などよりも、別のところある。

 

巨額赤字を計上した新銀行東京を例に見てみよう。?中略?非常勤の社外役員は、元地検特捜部長・元大企業社長や会長・元都部長・公認会計士など立派な顔ぶれだ。その7人全員が経営監視に失敗したということになったのだ。だが、会社側は「20068月の時点で、取締役会にはデフォルト率の"楽観的"な報告がなされた」と認めている。ところが、同年6月末の株主総会で選任された3人の非常勤取締役も責任を追及された。就任数ヶ月間、「楽観的な」(=虚偽の)報告を聞かされただけで罰せられたのだ。

いったい、どんな方々なら複雑な内部の実態を見破れたというのだろうか。

 

青山学院大学・福岡伸一教授の『できそこないの男たち 』によれば、生物誕生の後、長らくオスはいなかった。メスが単性生殖で自分の娘を産んで育てる女系家族だったという。やがて、オスが出現する。多様化により種の滅亡を防ぎ繁栄を図る便宜的措置だ。だが、メスが「基本仕様」という原始の構図は変わらない。オスはしょせんヨソ者だ。

 

企業もこれに似ている。始まりは、資本家であり経営者である「企業の内部者」だけの単性生殖的活動だった。やがて進化と多様化のプロセスで「所有(株主)と経営の分離」が起こり、株主という「外部者」が登場してくる。だが、永続性を持つのは「基本仕様」の企業内部者であり、内部者から見れば、株主は一過性の便宜的なヨソ者だ。そのヨソ者の代理人である社外取締役が疎んぜられるのは、当然の運命かもしれない。ましてや、監督者=社外取締役の報酬は、監督される側の会社から支給されるのだ。

 

「男社会」神話が錯覚なのと同様、「株主絶対論」も実は錯覚であり、社外取締役による監視監督など、初めからムリな期待だったと言わざるを得ない。であれば、この際、監視監督は、思い切って、監査法人・社外監査役に任せてはどうか。そして社外取締役の任務は、監督ではなく、「戦略的助言」に特化する。ただし、かつてソニーの役員会で社外役員のカルロス・ゴーンは「その数字はターゲットか、コミットメントか」と詰め寄った。それでも、昨年度のソニーは2278億円の営業大赤字。「経営指南」の効用についても、一部の例外を除けば、過度な期待は禁物である。

 

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1 Comments

阿部利昭 said:

「社外取締役ってなんだ!」といわれれば「アクセサリのようなもの」というのが当時の私の印象でした。といっても制度が導入された当時のことではありますが・・・元地検特捜部長が取締役をしているのだからあの会社に不正はないはずと世間に思わせることに狙いがあったことは見え透いていたからです。でも、だからといってそれに乗っかった人たちが、頼まれたからしかたなく就任したといって許される問題でもないと思います。これまで問題が発生する度に「アメリカでは?」という調査が行われ、それを日本版ともいうべき形に修正した制度が導入されてきました。しかし、実際にその法律を適用するときになって議論されるのは、聞いていなかったとか説明がなかったというレベルの議論になっています。これでは村上ファンドの村上氏が「聞いちゃったんですよね」といっていたのと同じで、このままではこれからも同じようなことが繰り返されていくのではないかと危惧します。
この際、不運にも社外取締役の責任を追及された方々は法廷で争うべきだと思います。そして社外取締役の法的責任の範囲を明確にすべきです。私は、その過程で日本人とアメリカ人の個人レベルの日常生活における法意識の違いがある程度明らかにできるのではないかと考えるからで、その違いを理解せずに制度だけ先行させてもうまくいくはずはないと考えるからです。今私たちに必要なのは現在のアメリカの制度ではなく、その制度を作り上げてきたアメリカの歴史と、その過程でアメリカ人が自分たちの生活の中に、どのようにして法律を取り込んでいったかということを知ることだと思います。今月スタートした裁判員制度もその試金石になると考えています。


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