香りと似て非なる"かおり"について
熱烈な相撲ファンである内館牧子さんの相撲に関するコメント(週刊東洋経済2010.5.15号)が興味を引きました。その一部を引用します。
「・・私は、相撲がビジネスとして成り立たなくなるいちばん恐ろしい理由は、かおりが消えることだとおもっています。狭い桝席にぎゅうぎゅう4人で座ってお酒を飲んで、下位の力士が横綱に勝ったら座布団をなげる。そこには昔からのある匂い、香りがある。全部きれいなイス席にして -中略- 大きなスクリーンで解説したら、快適であるけれども、何処にでもあるものになってしまう。一度そうしてしまうと、元のかおりに戻すのはとっても難しいのね。-中略- 世の中はかおりを消してとかく快適なものを求めています。でも、大衆の意見に迎合していたら、直した時に大衆は別のことをいいますよ。大衆とはそんなものです。」
このコメントを読んで、すごく共鳴するところがありました。彼女が言っているかおりは、"香り"と似て非なるもののような気がします。むしろ"輝き"(Radiance)に近い意味と解します。お相撲さんはお相撲さんとしてのかおりが、経営者は経営者としてのかおりが、政治家は政治家としてのかおりが、弁護士は弁護士としてのかおりが、会計士は会計士としてのかおりが必要です。それをもっともっと醸しだす必要があると思います。
大衆の意見に迎合したら短期的には喝采をあびるでしょうが、その輝きは直ぐに失せていくでしょう。それぞれの業界の伝統を重んじながら、愚直に努力を重ねる人からはじめてかおりが生まれると思います。そうして生まれたかおりは誰からも慕われものと思います。この部分は、自戒の念をこめて書いています。
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