2011年3月アーカイブ

東日本大震災での被災者の気持ちを思うと言葉もありません。それゆえ、被災者を支援したいという人はたくさんいると思います。

私のブログ(3月14日にアップロード)で義捐金のことを触れました。義捐金について読者の方から有意義なコメントありましたのです。引用させていただきます。

さて、本日は、私共も会計・税務の専門家として、納税制度を利用した義捐金についてご紹介させていただければと思います。

簡単に言うと、ふるさと納税制度(住民所得税額の一割を上限に寄付金がほぼ全額(5,000円を除く)税額控除対象となる制度)を利用した寄付を行えば、自身の負担額以上の貢献を被災地にすることができるのではないかということです。(ふるさと納税という名前ですが、自治体は個人の自由で指定できますので、宮城福島岩手茨城等の任意の自治体を選ぶことができます。)

ふるさと納税制度については、以下のページを参照していただければわかりやすく説明されています。

http://www.soumu.go.jp/menu_kyotsuu/important/080430_2_kojin.html
http://www.soumu.go.jp/menu_kyotsuu/important/pdf/080430_2_kojin_bt5.pdf

買い溜めをしないなどの基本的なことはもちろんのこと、復興に向けて頑張っている自治体に対して資金的な援助を行えるという意味で有意義な制度なのではないかと思います。

東日本大震災での被災者の気持ちを思うと言葉もありません。それゆえ、被災者を支援したいという人はたくさんいると思います。

どんな支援活動があるのでしょうか。思いつくものを例示します。

  • ボランティアとして被災地で活動する。
  •  義捐金を提供する。
  •  被災者を元気付けるメッセージを送る。
  •  節電に協力する。
  •  ガソリン、カップラーメン、トイレットペーパーを買いだめしない。

 

上記の中で、いちばん関与の仕方が分からない活動は、ボランティアとして被災地で活動することです。自分も、微力ながら、ボランティアとして被災地で活動したいという衝動に駆られました。但し、個人の判断で拙速に動くことは、厳に慎む必要があるとボランティア活動に精通した方から注意されました。そこで、少し、ボランティア情報を調べました。 

1)ボランティア情報は「全社協被災地支援・災害ボランティア情報」(全国社会福祉協議会)で随時発信するそうです。被災地の受け入れ態勢が整い次第、ボランティアの募集や支援を呼びかける方針で、現在のところ、ボランティアの募集や支援はされていません。次のURL(http://ow.ly/4dnI5)を随時参照してください。

 

2)NPOジェンも積極的にボランティア活動をしている団体です。その前身は、「日本緊急救援NGOグループ(=Japan Emergency NGOs)」でした。既に、東日本大震災緊急支援 (http://bit.ly/eMPD0R)の活動を開始しました。この団体の活動は、今までボランティア活動をしてきた友人に紹介されたものです。

東日本大震災での被災者を支援したいという人、そして、ボランティア活動もしてみたいという人に上記情報が参考になれば幸いです。また、上記以外にお薦めのボランティア情報があれば教えて下さい。

 

今こそ、一人ひとりが支え合う力が必要です。ひとりの力は小さいかもしれませんが、みんなの力は多くの人を幸せにできます。

三田評論2月号に載った土屋賢二先生(お茶の水女子大学名誉教授)『一面的なものの考え方が不幸を招く』の記事は、軽妙な語り口で語られ大変面白かったので、ここに紹介(クリックすると当該記事に飛びます)します。この記事の見出しを読むだけで、土屋先生の言いたいことがおぼろげながら分かると思います。

  • 人間は考え方次第で不幸になる
  • 自分の都合のよい側面を取り上げるやり方
  • 人間の一生をどう捉えるか
  • 不幸なときほど一面的なものの見方になる
  • ユーモアの効用
  • が重要であるかは自分で決められる

本ブログでは、「自分の都合のよい側面を取り上げるやり方」に書かれた内容を抜粋します。 

心理的な動機から、「人生というのは意味がない」「生きることは無意味だ」という結論にもっていくやり方というものがあります。朝起きて満員電車に揺られて会社に行って、時間まで机にへばりついて、終わったら、また満員電車に揺られて家に帰って、ビール飲んで、野球見て、風呂へ入って寝ると。大体がそういう一日ではないでしょうか。その一日をとってみて、何か意味があると言えるのか、こういう生活を毎日、いくら積み重ねたってそこから意味が出てくるはずがない。人生というのは無意味なんだ、という言い方がされることがあります。それは単なる一つの側面であって、ほかの側面が無数にあると思うのです。例えば、朝起きて顔を洗おうと思って鏡を見たら、顔色が悪いし、目が血走っているし、歯を磨くと血が出るし、歯磨きのチューブのキャップが洗面台の排水口に入ってしまう(笑)。そのような出来事がたくさんあるわけです。先ほど挙げた「同じような毎日」という考え方は、そういう出来事をまったく無視して単純化しています。 

よくみれば ナズナ花咲く 垣根かな(芭蕉)

 私見ですが、芭蕉のような考えを持てば人生は、楽しいものになると思います。

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