バーチャルな議論にごまかされない思考

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正月休みに読んだ雑誌の記事の中に興味あるものがふたつありました。

脚本家 倉本聰氏の「バーチャルな議論にごまかされない思考」と東京工業大学名誉教授 橋爪大三郎氏の「耳当たりの悪いことを言うのがプロの政治家」の記事です。

今回は、倉本聰氏 の記事(週刊東洋経済 新春合併特大号)を紹介させていただきます。(クリックすると当該記事が読めます)

ご参考までに、私の興味を引いた部分を引用いたします。

【大人も子どもも夜遅くまで起きているようになり、多くの電気が必要になっていることに触れて・・ドラマ「北の国から」の最初の場面の電気の無いところに連れて来られた純という子どものセリフ。

  • 純「電気がなかったら暮らせませんよっ」
  • 五郎(純のおやじ)「そんなことないですよ」
  • 純「夜になったらどうするの!」
  • 五郎「夜になったら眠るんです」

夜になったら眠る。私はこれば人間の暮らしの原点だと思う。】

【娘夫婦が富士山に登り「五合目まで車で行った」と言う。私は「五合目は海抜2,400メートルだから、そこからわずかしか登っていないじゃないか」と言った。・・中略・・何が言いたいかというと、経済を考えるとき五合目あたりから思考しているような気がするということ。文明が進歩すると六合目までエスカレーターがつくかもしれない。しかし、物事を考えるうえでは、私は逆だと思う。もっと選択肢の広いふもとに立ち返ることが、本当のものを考えると言うことだと思う。】

【原発のゴミの処理方法は見つからず、そのうち誰かがなんとかするだろうということで進んできた。けれど、結局解決がつかないうちに原発事故が起きてしまった。どこの市町村も処理場の受入を拒否している。これは現在のゴミを未来と言うゴミ箱に捨てているようなもの。そして未来は、あなたたちの子どもや孫の世代。その人たちはどえらい悲劇に見舞われる。】

倉本氏は「原点に絶えず立ち返り生身感覚を大事にする」ことをこの記事では述べています。

世の中が便利になると、大事なプロセスがブラックボックス化してしまいます。しかし、ブラックボックスが大きくなり過ぎた時そのブラックボックスが制御不能になった時、我々の生命は危機に瀕します。倉本氏の言う「原点に絶えず立ち返り生身感覚を大事にする」ことに多くの共感を覚えます。

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