2016年1月アーカイブ

人工知能は職を奪うか

| コメント(0)

日経の経済教室に「人工知能は職を奪うか」(2016年1月12日及び13日)の記事がありました。私自身、人工知能の与える影響に興味がありましたので、少し、調べていましたことから、この記事にはビックリしました。 当該記事をPDFにしましたのでご一読ください。

私の関心事は近未来の現実と考える人工知能万能社会で活躍する人材とは、そして、その人材を創るための教育についてです。2015年12月に人工知能型ERPを紹介するセミナーに出てビックリしたことが経緯となって、このことに関心を持ちました。ERPとは、Enterprise Resources Planning の略で現在では「基幹系情報システム」を指すようです。紹介されたソフトによると、(人事考課の分野も含めた)企業のすべての情報処理にキーボード(入力)は不要、マウスだけ必要な情報処理が出来るのでした。多くの業務が自動化できるのです。そうなると、自動化出来ない、あるいは自動化される可能性の低い職種に関われる人材が必要です。それは想像力と創造力のある人材です。

大前研一氏の言葉を借りると、「想像力と創造力のある人材は、語学と論理学を勉強した学生達である」です。語学は世界中から発信されるインターネット情報を理解するためには必至です。論理学をマスターしていれば、今までとは異なるまったく違う分野であっても自分の頭で考えることに慣れているので比較的容易に新しい分野に参加できるからです。

マスターする論理学とは、アリストテレスのオルガノンを読破、研究することではないです。求められることは、三段論法(演繹的推論)をマスターすることです。三段論法とは次のようなものです。

  1. すべての人間は死すべきものである(大前提)
  2. ソクラテスは人間である(小前提)
  3. ゆえにソクラテスは死すべきものである(結論)

自転車の乗り方の解説本を読んでも乗れるようにはなりません。自転車が乗れるようになるには実際に練習する必要があります。三段論法をマスターするには演習をたくさんすることです。そうすると正しい三段論法、間違った三段論法が判るようになります。

これからの学校教育において必要なことは、メリハリをつけた教育と考えます。私が考えるメリハリをつけた教育とは、小学校は「覚えること」、中学は「覚えることに考えること」、高校は「考えること」中心の教育です。

最近のコメント

アーカイブ

Powered by Movable Type 6.0.3