杜 祐祠さんの京都旅行(第3回)

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銀閣寺と高台寺を旅して

ブログ記事の番外編として、杜 祐祠さんの最近の京都旅行のコラム記事(3回)を掲載します。今回はその最終回です。ご一読ください。

今日も2月末にしては暖かい日、市バスで南禅寺に向かいました。南禅寺の三門は、かの石川五右衛門が三門からの景色を愛でて言った名台詞「絶景かな、絶景かな」で有名です。確かに大きな三門でした。それから、哲学の道を歩いて、銀閣寺に向かいました。途中、甘味処で食べたぜんざいは、歩き疲れたことから、エネルギーを身体も欲しているんでしょう。非常の美味しかったです。

銀閣寺は、金閣寺と異なりきらびやかなところがなく、落ち着いた雰囲気でわびさび(侘・寂)が感じられました。特に白砂を巧みに利用して作った富士山型の向月台と白砂の波紋の織りなすコントラストには魅了されてしまいました。銀閣寺のパンフレットから引用します。「銀閣寺の正名は東山慈照寺といい、相国寺の塔頭寺院の一つ。銀閣寺の名の由来は江戸時代、金閣寺に対し、銀閣寺と称せられることとなったといわれています。銀閣寺は室町幕府八代将軍の足利義政によって造営された山荘東山殿を起原とし、義政の没後、臨済宗の寺院となり義政の法号慈照院にちなんで慈照寺と名付けられました。九歳にして家督を、十五歳にして将軍職を継いだ義政は、生涯をかけ自らの美意識のすべてを投影し、東山文化の真髄たる簡素枯淡の美を映す一大山荘を作り上げました。銀閣寺は美の求道者ともいえる義政の精神のドラマを五百年後の現代にも脈々と伝えています。」

銀閣寺は心を癒してくれる場所です。

銀閣寺を後にして、高台寺に向かいました。豊臣秀吉没後、その菩提を弔うため秀吉の正妻(北の政所)「ねね」が開創した寺で、彼女はここに住んでいたそうです。そして、霊屋(おたまや)には「ねね」が安置されているそうです。

高台寺から清水寺までに参道は、産寧坂と呼ばれています。「ねね」が子供の誕生を念じて(産・念)坂をあがり清水寺にお参りしていたことからその名前がついたと言われています。

大徳寺で聴いた秀吉と千利休の話(ブログ記事番外編第2回をご参照ください)、そして、秀吉とねねの話を耳にすると、今回の旅の前には想像もしていなかった秀吉という人物が私の意識の中に急に現れてきました。非日常の経験って意外な展開をもたらしますね。

今日は、南禅寺から哲学の道、銀閣寺、高台寺、二寧坂まで歩きました。高台寺から産寧坂を下ったところに二寧坂があります。二寧坂、産寧坂にはたくさんの土産屋が並んでいました。それら土産屋をひやかしてから、京都駅にタクシーで戻り、2泊3日の旅は終了しました。

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