0050清談涼談の最近のブログ記事
インターネットを通じて1回140字以内で自分の思いを伝えるツィッターですが、「自分のキャラクターを大事にしてつぶやき、そのキャラクターに共鳴する人のツイッターを読んで楽しむ」が本来のツイッターの姿と考えます。しかし、最近、ビジネス仕様ツイッターの話がマスコミで取り上げられています。個人がツイッターを利用してビジネスを成功できるのかについて私見を書きました。
「ツィッターでセミナーの参加人員500人集客」、「ツィッターで新卒採用」と華々しいビジネス・ツイッターの成功例が語られています。しかし、多くのツィッター利用者は、自分には関係のない対岸の火事のような感じを持っていると思います。それは、多くのツィッター利用者は、フォロワー(ツイッター上の仲間)の数の絶対的に少ないからです。フォロワーが1,000名居れば、「ツィッターでセミナーの参加人員500人集客」も不可能ではないでしょう。しかし、フォロワーが50名から100名ぐらいの人が「ツィッターでセミナーの参加人員500人集客」することは不可能です。せいぜい集まって10名ぐらいでしょう。
如何にフォロワーの数を1,000名ぐらいに出来るのでしょうか?残念ながら、私は知りません。ビジネス仕様ツイッターでの必要条件は、フォロワー数最低1,000名ではないかと思います。しかし、その必要条件は、個人の場合、案外高いハードルになると思います。個人で、ビジネス仕様ツイッターでの必要条件を満たすためには、ツイッター依存症ぐらいにならないとダメなような気がします。私自身、ツイッター(http://twitter.com/MorihiroMurata)を立ち上げ、主に税務・会計のつぶやきをしていますが、ツイッター依存症になれない自分を認識しています。
「28歳にして後楽園球場公演で5万人を呼べるスーパースターと呼ばれる人生などめったにあるものではない。銀行には億の預金があった。富士山が見える山中湖にスタジオ付きの邸宅も構えた。その矢沢が30代あがき続けたと総括した理由は何か。後楽園のステージを終えた矢沢は鏡をにらみ据え、かぶりを振った。違う・・・こんなはずじゃなかった。登った急坂に残った轍(わだち)を振り返った。ふっと見たらハッピーという幸せのレールは隣にあった。幸せのレールと成功のレールがつながっていなかった。取って、取って、上に行けたら、ものすごくハッピーになれると思ってた。なのに・・現実はちっとも幸せじゃない。こんなもんなの?必ずしも居心地よくねえなと思った」これは、還暦をむかえた矢沢永吉のコンサートでの独り言です。
幸せになるための切符を入手することは、意外に簡単!でも、その切符はおカネで買えないところが案外難しいのかもしれません。
東京工業大学の丸山先生は、現代のガリレオかもしれません!天動説の世の中で地動説を唱えているようです。
私の友人より薦められた丸山茂徳氏の著書「地球温暖化」論に騙されるな!(クリックするとamazonの検索画面に飛びます)を紹介いたします。彼は、一刀両断に「温暖化=二酸化炭素犯人説」を誤りと断言しています。「今後の太陽活動の変化、地球磁場の増減による地球に降り注ぐ宇宙線の量の変化、これからの地球の軌道を考慮すると、地球は確実に冷却化して行く、温暖化ガスの影響はそれに比べると微々たるものである」が丸山先生の結論でした。天動説の世の中で地動説を唱えているようです。
更に先生の議論は、地球の冷却化⇒戦争勃発と・・・風が吹けば桶屋が儲かる的議論に発展していきます。この議論は学者の議論でないような気がしたが率直な意見です。傾聴に値するのは、地球は確実に冷却化して行くという学者の意見です。
2008年度中に検察庁への刑事告発や課税処分をした脱税事件の記事を読んで、「山高きが故に貴からず」の一節を思い出し、記事にしました。
2009年6月16日「全国の国税局が強制調査(査察)し、2008年度中に検察庁への刑事告発や課税処分をした脱税事件は計208件で、脱税総額は351億円だったことが分かった。また、査察の際、現金7000万円をブリキ缶に入れて畑に埋めたり、自宅エレベーターの床下に現金1億5000万円を隠したりした事例が見つかった。」との新聞報道がありました。売上を隠すことは、脱税です。公に出来ないから、脱税したおカネをブリキ缶に入れて畑に埋めるのです。合理的に売上を繰り延べることは、節税です。節税したおカネをブリキ缶に入れて畑に埋める人は居ないでしょう。節税した税金は、いずれ払わなければならないからです。
人としての素養を身につけるため、江戸時代の寺子屋で子供に教えた言葉があります。
山高きが故に貴からず
樹あるを以って貴しとなす
人肥ゆるが故に貴からず
智あるを以って貴しとなす
つまり、「山は高いから素晴らしいのではなく、山に樹が生い茂ることで素晴らしくなるのだ。樹が生い茂ることで鳥も獣も生きてゆくことが出来る。そして、鳥や獣を狩りすることで人が生きてゆくことが出来る。更に樹は家を作り、燃料となり、人を助けてくれる。同様に、人は富んでいるから貴いのではなく、智恵を働かすから貴いのだ。」という意味だそうです。
「山高きが故に貴からず」の気持で、おカネを費やすことを実践したいです。日本人の美学復活のために・・・!
社外取締役に関する興味ある記事がありましたので紹介します。記事の見出し【元来「できそこない」?社外役員に期待する愚】が事の本質をとらえているようです。
社外取締役に関する議論が最近紙面をにぎわしています。一例として日本経済新聞(2009.5.27)朝刊に「経営の監視策、選択制に 経産省が制度案、実効性を重視」の記事を引用いたします。
経済産業省は26日、コーポレートガバナンス(企業統治)を向上させる制度案をまとめた。上場企業の経営監視体制を強化するため、社外取締役を置くか独自の対策をとるかを選ぶ制度を設ける方針を示した。政府内の調整を急ぎ、証券取引所の上場規則などに具体策を盛り込むよう求める。日本の株式市場の活性化に向けて、少数株主が安心して投資できる環境を整える。
26日に開いた「企業統治研究会」(経済産業政策局長の私的研究会)で制度案を提示した。研究会には金融庁や法務省、東京証券取引所などの関係者も参加している。経産省は「大筋で合意できた」と話しており、6月中にまとめる最終報告書に盛り込む。
しかし、社外取締役のあるべき姿に関する検討が詳らかにされないで、選択制にすると聞くと、なにか一歩後退した印象を多くの人は持つのではないかと危惧します。やや逆説的ですが、社外取締役のあるべき姿の本質についた書かれた記事がありましたので、ご紹介します。それは、週刊東洋経済(2009.5.30)ミスターWHOの少数異見より、【元来「できそこない」?社外役員に期待する愚】です。
金融庁が、社外役員設置の義務化案を取りまとめようとしている。だが問題の本質は義務化などよりも、別のところある。
巨額赤字を計上した新銀行東京を例に見てみよう。?中略?非常勤の社外役員は、元地検特捜部長・元大企業社長や会長・元都部長・公認会計士など立派な顔ぶれだ。その7人全員が経営監視に失敗したということになったのだ。だが、会社側は「2006年8月の時点で、取締役会にはデフォルト率の"楽観的"な報告がなされた」と認めている。ところが、同年6月末の株主総会で選任された3人の非常勤取締役も責任を追及された。就任数ヶ月間、「楽観的な」(=虚偽の)報告を聞かされただけで罰せられたのだ。
いったい、どんな方々なら複雑な内部の実態を見破れたというのだろうか。
青山学院大学・福岡伸一教授の『できそこないの男たち 』によれば、生物誕生の後、長らくオスはいなかった。メスが単性生殖で自分の娘を産んで育てる女系家族だったという。やがて、オスが出現する。多様化により種の滅亡を防ぎ繁栄を図る便宜的措置だ。だが、メスが「基本仕様」という原始の構図は変わらない。オスはしょせんヨソ者だ。
企業もこれに似ている。始まりは、資本家であり経営者である「企業の内部者」だけの単性生殖的活動だった。やがて進化と多様化のプロセスで「所有(株主)と経営の分離」が起こり、株主という「外部者」が登場してくる。だが、永続性を持つのは「基本仕様」の企業内部者であり、内部者から見れば、株主は一過性の便宜的なヨソ者だ。そのヨソ者の代理人である社外取締役が疎んぜられるのは、当然の運命かもしれない。ましてや、監督者=社外取締役の報酬は、監督される側の会社から支給されるのだ。
「男社会」神話が錯覚なのと同様、「株主絶対論」も実は錯覚であり、社外取締役による監視監督など、初めからムリな期待だったと言わざるを得ない。であれば、この際、監視監督は、思い切って、監査法人・社外監査役に任せてはどうか。そして社外取締役の任務は、監督ではなく、「戦略的助言」に特化する。ただし、かつてソニーの役員会で社外役員のカルロス・ゴーンは「その数字はターゲットか、コミットメントか」と詰め寄った。それでも、昨年度のソニーは2278億円の営業大赤字。「経営指南」の効用についても、一部の例外を除けば、過度な期待は禁物である。

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