新約聖書ローマ書の一部を引用します。【愛する人たち。自分で復讐してはいけません。神の怒りに任せなさい。それは、こう書いてあるからです。「復讐はわたしのすることである。わたしが報いをする、と主は言われる。」もしあなたの敵が飢えたなら、彼に食べさせなさい。渇いたなら、飲ませなさい。そうすることによって、あなたは彼の頭に燃える炭火を積むことになるのです。悪に負けてはいけません。かえって、善をもって悪に打ち勝ちなさい。】(ローマ書第12章第19節から21節)
裏切った人に対して、我々は憎しみを覚えます。そして、許しがたい時は、復讐をしたくなります。ですから、この聖書で言っていることを実行することは、非常に難しいです。復讐をするとは、正義であると考えるでしょう。むしろ、復讐しないことは、不義に通じると考えます。しかし、聖書では、何故、自分で復讐してはいけないのでしょうか?
我々は、完全無欠の立派な人間ではないです。ある意味では、敵と五十歩百歩です。我々に更なる罪を犯すことを神は望んでいないからです。
自分の神を信じて、神の裁きに任せましょう!「復讐するは神にあり」です。
ところで、彼の頭に燃える炭火を積むとは、「敵に悔い改めの気持ちを起こさせる」と解します。当時のエジプトでは、悔い改めを表すために、懺悔する人は頭に鉢一杯の炭火を乗せたと言われています。
